救命されたことを喜ばない家族がいるという衝撃事実

20代女性からの投稿
脳神経外科3年、救命救急2年

看護師歴7年で、結婚退職し、現在は看護師職を離れています。
初めは、公立病院での救命センター勤務2年、結婚退職し、脳神経外科に3年勤務し、家庭に専念するために現在は専業主婦をしています。

多忙な看護ケアで心のゆとりがなくなっていく

私は、患者さんの話をしっかりと聞き、丁寧に時間をかけて信頼関係を築けるような看護師になりたいという理想がありました。
入職当時私は、命さえあれば人の人生何とかなるものだと変な確証があり、とりあえず人の命を救うことにかかわる救急や急性期脳外科を希望しました。
一刻を争う救命現場、脳神経クリティカル期を経験しました。
どちらも意識状態の悪い方、命にひんする方が多く、業務的にも看護ケア的にも重傷、重度の方が多く入院されていました。
そんな職場で私は、業務に追われ、また、急変や異常を見落とさないように常に緊張感を持って仕事をしている看護師でした。
楽しく、明るくなどという心のゆとりはなく、ただ、目の前に起きていることに対処することで手いっぱいだったように思います。
ですが、患者さんの回復や救命を、家族の方と心から喜べる看護師でした。

命があればなんとかなるという自分の自信は幻想だった

理想では、患者さんと向き合い、コミュニケーションを深める、親交を深めると考えていましたが、そんなタイムスケジュール的にも患者さんの様態的にも、自分のスキル的にも余裕が無く、冷静に淡々とミスなく業務をこなすような感じになっていました。
しかし、対話やコミュニケーションは、話すだけではなく、モニターや患者さんの反応を観察することでも察知できるようになりました。
話ができない患者さんは、モニターをよく観察することで求めているニーズをくみ取ることができると感じるようになりました。
そして、容体が安定したらすぐに私の病棟からは退出されるので、ご本人と会話ができれば回復を共に喜び、患者さんと緩和できないときは、ご家族に話をかけ、心を通わせることができるよう努めました。
救命の現場でも、脳神経外科のクリティカル期でも、どんなに手を尽くしても回復しない命があるし、救命されたことを喜ばない家族、障害や麻痺が残り、命が救われたことを喜ばない患者さんが居ることを初めて知りました。
命があればなんとかなると思っていた私は、幻想だったのかとショックと衝撃がありました。

看護師として”目の前の命を絶対に見捨てない”という意思をもつこと

急性期や命にかかわる現場に勤務していたら、命を救うことの責任が付いてきます。
自分たちは、目の前の命に向き合い、真摯に究明をしますが、それが必ずしも喜ばれることではないことを知っておいた方がよいです。
ですが、目の前の命を見捨てられない、助けたい、という気持ちがあれば救命や急性期で真心込めたケアができます。
もし、「どうして助けたのか」と言われた時も、「死なないでほしい」「生きてて良かった」と自分の気持ちを伝えることができます。
誰かにそう思ってもらえるなら、頑張って生きようと思いなおしても絶えることもあるし、そこから頑張って生きようと力づけられることもあります。
命を救うこと、つなぐことの重大さとやりがいを感じてほしいなと思います。